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電子工作のクラスを始めた当初は確たる見通しはありませんでした。けれども、数ヶ月の授業を経て、生徒たちは単純にLEDを点滅させる以上の知識を身につけました。クラスはとても基本的な知識、例えば電圧とは何か、電子はどのように回路で動くのか、 LEDはどうなると壊れるのかなどです。ここまで来るのにたくさんのことを学びました。、オームの法則、電圧と電流の測定、回路のテスト方法、LEDをコンピュータで点滅させるプログラム、GPIOピンのコントロール方法、MOSTFETの動作、パルス幅変調の仕組み、I2Cデバイスの制御、C++でのライブラリの使い方… 彼らにとっては大きな成果です。
ある好奇心旺盛な生徒はいつも良い質問をします。ある電子部品を説明していたときも 「その部品は何ですか?」と彼女は聞いてきました。その部品はその日の学習内容とは関係ありませんでしたが、見たことのない部品に気づいて質問したことを嬉しく思いました。なぜなら、好奇心こそが学ぶ過程を楽しくさせるものだからです。彼女は生徒の中で最も理解が速い生徒です。
この生徒は目的意識があります。口数が少なく、それが何なのかを説明してはくれませんが、明確なゴールを持っているのはわかります。先週、彼にしてはめずらしく授業内容のリクエストがありました。3Dデザインを学びたいのだそうです。ハードディスクを持っているのですが、ケースがなく(おそらく壊れたコンピュータから回収したのでしょう)、そのケースを自分でデザインしたいのとのこと。エンジニアリングとは問題を解決する行為で、問題が(他の人のではなく)自分のものであれば、最高の学習のモチベ ーションになります。外国語を学ぶであれ、料理を作れるようになるのであれ、解決したい問題があるのとないのではモチベーションに大きな違いがあります。「あのひとと恋人同士になりたい」「夕食を両親に作って喜ばせてあげたい」といったモチベーションがあれば、学習は苦行にはなりません。
この国では現代的なテクノロジーを学ぶ機会はとても限られています。「IT」を教えていると自称する大学もありますが、その「IT」は我々の定義する「IT」とは異なります。 「IT」という言葉自体、定義は曖昧ですし、実際、自分は「IT」が何を意味するのかわからないほどです。ですが、「IT」がワードやエクセルを使えるようになることではない、くらいはわかります。「プノンペンでやったほうがいいのではないか」と言うひともいますし、まったくそのとおりなのですが、都会で教育を受けられる機会があるのなら、そもそも自分がやる理由も必要もないのです。
そもそもの目的として、子供の頃の自分のような生徒の力になりたいというのがあります。その当時はコンピュータ自体がとても希少でしたし、同じような関心を持つ友達もいませんでしたし、プログラミングを教えてくれるひともいませんでした。コンピュー タを持っていなかったので、初めてのプログラムは紙に書きました。使えるコンピュー タといえば地域の児童会館にあったシャープ製のMZ-80Kというコンピュータでした。田舎の街ではプログラミングを教えてくれるひとはいなく、先生は付属のBASIC言語マニュアルでした(当時はコンピュータを買うとプログラミング言語のマニュアルが付属していたのです)。同じような境遇の生徒を助けられたらこの上のない喜びです。
第二に、必要なときに必要な助けを提供したい、というのもあります。昔と異なり、今はたくさんのことをオンラインで学べます。それでもアドバイスを求められるひとは必要です。何かを学ぶのにどのウェブサイトが良いでしょうか。例えば健康に関する情報はオンラインに溢れていますが、どれが信頼できるでしょう。指示に従って進めていてもうまく行かないこともあるでしょう。コンピュータの世界では些細な違いでうまくいかないことがあるのはよく知られています。そんなときに、必要なアドバイスをしたいのです。
クラスでの学習プロセスは必ずしも電子工学やプログラミングだけに当てはまるものではありません。生徒は実際に手を動かし、理論が実際には理論通りにならないのはなぜかを理解し、些細に見えることがなぜ重要なのかを理解します。理論も学びますが、実際に手を動かし、回路を作り、回路の内部信号も目で見て理解します。世の中にはもっと良い教材もあるでしょう。けれども、自分は手を動かして理解することが学ぶ上では何より重要だと考えています。
コンピュータエンジニアの人生は「犬の一生」に例えられます。犬の寿命は10年から20 年ですが、人間はもっと長生きします。つまり、犬にとっての一年は人間にとっての7 年10年にあたるのです。エンジニア、特にコンピュータエンジニアは、他の職業よりもより速く学習することを求められます。今日最新の技術であっても、来年にはお払い箱になっているかもしれません。同じことが他の職業でも求められるようになっています。 好むと好まざるにかかわらず、労働力としての市場価値を高めるには、新しい技術を常に身につけなければならないのです。COVID-19後に先生たちはオンラインで教えられる能力を求められ、レジの精算という仕事ですらオンライン精算システムに習熟することを求められます。特定の技能を身に着けてそれで済んだ時代はもう過去の話になってしまいました。けれども「学びかた」を学べば、恐れることはありません。簡単ではありませんが、不可能でもないのです。そんなことを伝えられたらと思いつつ、日々教えています。