更新日時:

子供は親から富裕や貧困を相続しますが、創造性は相続するものなのでしょうか。生物学的にある程度あり得るかもしれませんが、実際には誤差の範囲でしょう。最近の調査では、潜在的創造性は遺伝することがわかっていますが、それは実際の成果や結果につながるわけではありません。環境因子のほうがはるかに重要な役割を果たしているはずです。モーツァルトは歴史上比類のない作曲家ですが、それは彼の父親がバイオリン奏者だったからではありません。父親が当時考えられうる最高の音楽教育を彼に与えたからでしょう。そんな選択肢を与えられる親ばかりではありませんが、別にモーツァルトを育てているわけでもありません。子供に与えられるものは他にもあります。

隣人のサイモンとカトリーナはBabel Guesthouseのオーナーで、二人の娘がいます。先日は、その娘さんの誕生日でした。誕生日当日の朝、母親は誕生日プレゼントの写真を見せてくれました。

かわいらしい手作りのアイスクリームショップが部屋に置かれている
サイモンとカトリーナは娘の誕生日プレゼントにアイスクリームショップを作った Wat Bo, Siem Reap © Katrine

両親は子供部屋の中にアイスクリームショップを作ったのでした。細部を見てください。小さなキッチンに、調理用具、それに看板もあります。PoSレジまで設置されています。妥協せず、まさに美は細部に宿るです。

彼らのプロダクトであるアイスクリームショップは、クリエイティブな人の可能性を表しています。この国ではあるゆるものに制限があります。大きなおもちゃチェーンショップもありませんし、手芸用品店も多くはありません。手に入るものでなんとかするしかないのです。しかし、母親に言わせると「もの作りはノルウェイよりもこっちの方が簡単で安い」のだそうです。

カトリーナはインターネットの画像を見せながら、娘に何が欲しいか聞いてみたそうです。当然ですが、三歳児に好きなものなんてわかりません。目に入るものすべてが好きだからです。両親に与えられた問題は「娘の誕生日プレゼントは何が最適か」という問題でした。問題の解は様々です。彼女はプラスティック製のおもちゃが嫌いでした。壊れやすいし、時には健康に害をなすこともあるからです。何かユニークで、丈夫で、安全なもの、そしていつまでも子供の記憶に残るものを与えたいと考えました。

おそらく両親は言語化しなかったでしょうけれど、この問題は次のように問題設定できます。

子供の自分は、アイスクリームショップでの体験を楽しみたい。アイスクリームを買ったり、代金を支払ったり、アイスクリームを食べてみたい。なぜなら自分の誕生日を友達と一緒に楽しんで、生涯忘れられない誕生日にしたいからだ。

次に、両親はこの問題解決のためにアイデアを考えます。こんな体験に必要なものはなんだろう?注文するためにはカウンター、お客様を迎える看板、調理器具のあるキッチンが必要になる。支払いもこの体験にはなければいけない要素だ。そして、対象は子供だからお店はかわいらしくなければいけない。他のひとたちのアイデアも見てみよう。インターネットには、おもしろくて創造的な作品を探すためのすばらしいリソースがある。たとえばPinterestのように。

さあ、アイデアはできた。作品に使える材料には何があるだろう。この町で買えるものもあれば、手に入らないものもある。代用できるものはないだろうか。近所のお店に何があるか見に行ってみよう。Sakuraには日本から輸入した中古品やリサイクル製品が売っている。本物の看板を注文なんてできないから、塗料は安いことだし、ひとつ自分で作ってみよう。

そして結果は— きっと読者も同意してくれると思いますが—素晴らしい作品が出来上がりました。両親は次のクリスマスのための計画がすでにあると言います。ただし、ネタバレになるのでここでは教えません。

このプロセスで、きっと両親は多くのこと学んだはずです。看板の塗料は何がいいか、本物っぽくするには何を飾るべきか、それでいてかわいらしさも欲しい。カトリーナは「そんなに難しくなかった」と語ります。けれどもいくつものチャレンジや発見があったに違いありません。本人にその自覚はなくとも、こうした製作プロセスには多くの気づきがあるものです。彼らは言われて学んだのではありません。解決すべき課題があり、解決するために手を動かして学んだのです。このプロセスでは、学習は目標ではなく、問題解決の手段です。

デザイナー、開発者、もしくは製品開発に関わる仕事に携わっているひとであれば、この話は馴染みがある話でしょう。両親はデザイン思考を実践したのです。また、教育者であれば、最後の段落がお馴染みかもしれません。そうです、最後の段落はアクティブラーニングです。

デザイン思考

デザイン思考(wikipedia)とは、作品や製品を作るプロセスを指し、多く産業界で実践されており、解決策を中心に据えた製品の設計、開発、製造のプロセスのことです。簡単にいうと「イノベーションを作るためのプロセス」です。

デザイン思考は実践的かつ創造的な問題解決もしくは解決の創造についての形式的方法であり、将来に得られる結果をより良くすることを目的としている。この点においてソリューション・ベースドもしくは解決志向の思考方法の一つと言うことができ、特定の問題を解決することではなく、目標(より良い将来の状況)を起点に据えている。

制作者は、ユーザ(ここでは娘さん)のニーズに共感するところから始めます。娘が好きなものはなんだろう。製品開発において、ユーザに何が欲しいのかを聞いてはいけません。たいていは実際には問題の解決策ではない「ユーザが考える」ユーザに必要なものを答えるからです。18世紀のひとに何が欲しいかを尋ねれば、きっと「車」ではなく、「速い馬」が欲しいと答えるでしょう。

ソフトウェア開発では、上記の問題設定のことを「ユーザーストーリー」と言います。ユーザーストーリーは、「ユーザの視点から」問題を言語化したもので、要件の単純化、明確化に使用されます。ユーザーストーリーの主語は必ず立場を明確にした製品の使用者であって、開発者ではありません。ユーザーストーリーには必ず主体と、主体が何をしたいのか、その理由は何かを明確にします。そして、両親は考えうる解決策を考え、創造的なアイデアを思いつきます。アイデアと身近で手に入る材料を揃え、「プロトタイプ製品」を製作しました。二人の幼い娘を持つ両親にとって、きっと困難な挑戦だったと推測します。誕生日は年に1度ですから、できた「製品」を再設計したり、改善することはできません。けれど、来年の誕生日やクリスマスにまた何か作ることはできます。きっと両親はまた違った形の「解決策」で娘たちを驚かせることでしょう。これを「イテレーション」と呼び、一連の工程を短い期間にまとめ何度も繰り返し、製品を改善することを指します。

アクティブラーニング

アクティブ・ラーニング (wikipedia) とは

アクティブ・ラーニングは、学修者主体の学習手法の一つであり、学修者が能動的(アクティブ)に学修(ラーニング)に参加する学習法の総称である。

とWikipediaでは説明されています。アクティブラーニングはSTEM(科学、技術、エンジニアリング、数学の英語の頭文字)教育で広く取り入れられています。

本文で引用されている記事のスクリーンショット

アクティブラーニングとは?

アクティブラーニングとは、学習者を中心にしたプロセスです。アクティブラーニングは、何を学ぶかだけではなく、どのように学ぶかに焦点を置きます。学習者には教師から受動的に情報を受け取るのではなく、「深く考えること」が求められます。

記事を読む

昔からの教育では、教授法、つまり教育者が学習者に学ぶべきことを伝え、学習者は受け取った知識を問題解決に役立てますが、アクティブラーニングでは、問題がまず学習者に与えられ、学習者は問題解決の方法として知識を学びます。これは従来の教授法を否定するものではなく、学習者に手を動かして学ぶ強い動機付けを与えます。

ただの流行語ではありません

デザイン思考は新しい概念ではありません。この言葉が作られる前にも、デザイン思考の実践例は存在しました。クリエイティブな人たち、英語で「メーカー」と呼ばれるひとたちはこの理論を意識的にもしくは無意識に実践しています。ソフトウェア開発の世界では、開発者を名乗る前に理解しておくべき基本的な概念です。

「メーカー」と呼ばれるひとたちにとって、何かを製作するというのはアクティブラーニングの実践と同義です。問題を解決する解を見つけ、作品として作り上げるには必ず最新技術を学ばなければなりません。時には「古い問題」を失敗によって痛い目にあいながら学ぶこともあります。手を動かして学ぶ、自らの失敗によって学ぶのはとても効果的な学習方法です。失敗によって学んだこと、なぜ失敗したのか、そしてどうすれば良かったのか、痛い目にあうとひとはこうしたことを忘れることは決してありません。理論や知識の重要性が変わることはありませんが、アクティブラーニングは学習者に理論や知識を学ぶ動機付けを与えるのです。

目新しい概念ではないとはいえ、概念を理解するには概念に名前があり、その存在が知られる必要があります。「I ♥ NY」のデザイナーと知られるミルトングレーザーはインタビューでこう語りました。「我々はいつも目にしていることでも、実際には見えていないんだ。」

本文で引用されている記事のスクリーンショット

ミルトン・グレイザー: いつも目にしているからといって、本当に見ているわけではない

「そのスケッチは意識について興味深いことを教えてくれた」と彼は語った。「いつも目にしているからといって、本当に見ているわけではない。」グレイザーは毎日母親の顔を目にしていたが、実際に顔のスケッチを描くまで、彼は顔を実は見ていなかったのだった。

記事を読む

こうした概念を組織、開発プロセス、もしくは学校の教室で使うには、その概念に名前が必要で、概念を理論化しないといけないのです。以前は「ワークショップ」「ハンズオンアクティビティ(手を動かしながら学ぶ活動)」と呼ばれていました。現在との大きな違いは、多くのひとが概念の存在を「見えて」いて、概念をさらに追求し、理論化し、実践していることです。

Makers Siem Reapができること

知識と経験があり、知識を学び、問題解決に知識を活用できる創造的で革新的な人材が必要と言われますが、どうすればいいのでしょうか。

ここ「Makers」ではBBC micro:bitコース様々なコースを大人から子供までの初心者を対象に、こうした開発プロセス、そして学ぶことで問題を解決する機会を提供します。自分はエンジニアであって、教育者ではありませんが、プロの問題解決者としてキャリアと積み重ねてきました。学習者はデザイン思考やアクティブラーニングだけではなく、問題の切り分けといった重要なスキルも学びます。

こうしたコースの趣旨に賛同して頂けるかたからのサポートを募っています。このキックスタートプロジェクトはまだレビューの段階です。進捗につきましてはこのブログでお伝えします。

以前の投稿でBBC micro:bitコースの計画についてご紹介しました。本日、最初の注文が配送途中であるとの連絡がDHLからありました。近いうちに実際にmicro:bitを紹介できる予定です。

最後に

クリエイティブな子供を育てるためには、親御さんもクリエイティブになりましょう。そのためには必ずしも裕福である必要はありません。お金は確かに特定の問題を解決しますが、創造性はお金よりもはるかにたくさんのことができます。娘さんたちの将来がどうなるのかはわかりませんが、両親が作り上げた作品、問題解決にあたっての姿勢、そして誕生日の素敵な体験は、きっと娘さんたちをクリエイティブな人にさせるでしょう。そして、二人の娘さんが両親が解決した問題を理解できるような年頃になったとき、彼女達はきっと両親の行為に感謝するでしょうし、なぜ両親がそうしたのかも理解するでしょう。これこそが、子供への最高の贈り物なのだと思います。